弱虫ペダルサイクリングチーム

レースレポート

BIWASE CUP 2017

大会名

BIWASE CUP 2017

開催日

2017年3月8日(水)~16日(木)

参加選手

唐見 実世子

結果

第1ステージ: 50位
第2ステージ: 優勝
第3ステージ: 5位
第4ステージ: 37位
第5ステージ: 21位
第6ステージ: 58位
第7ステージ: 31位
第8ステージ: 37位
第9ステージ: 43位
総合: 優勝

使用機材等
フレーム      :FELT FR1
タイヤ・チューブ         :Panaracer RACE EVO 3.0 TEAM
クランクセット           :ROTOR 3D+ IN POWER
チェーン          :KMC X11SL
サイクルメーター        :GARMIN Edge820J
ブラケット フード部      :OUTER TOP SHAKES HOOD
サドル、バーテープ      : fabric
アンダーウェア         :CRAFT
シューズ           :GIRO Empire W ACC
グローブ,ソックス,シューズカバー:GIRO
ケミカル      :和光ケミカル
サプリメント         :グリコ パワープロダクション
日焼け止めローション  :Aggressive Design Top Athlete Sun Protect
クレンジングオイル   :Aggressive Design Waterproof Cleansing Oil
スキンケアクリーム     :Aggressive Design Waterproof Cleansing Oil

 

第1ステージ
いよいよ国際レースのスタート。昨年は国内でのレース活動だったので、国際レースの感覚を完全に忘れているし、楽しみよりは不安の方が勝っている。第1ステージの作戦は、梶原選手のスプリント賞、ステージ優勝、さらにはリーダージャージを狙うというものでした。レースは1周22㎞を3周回、66㎞で争われた。序盤から細かいアタックがあるものの、決定的なものではなく、JAPANチームとしてはスプリント賞、ステージ優勝を狙いたいので、アタックに反応して逃げを潰すような動きに徹した。
アシストの動きもあり、梶原選手が2か所のスプリントポイント、ステージ優勝を総なめにして、JAPANチームとしては幸先のよいスタートを切った。

第2ステージ
第1ステージの結果から梶原選手がリーダージャージを纏ってのスタートとなったが、日本チームの作戦としては、今日から山岳コースになるので、総合狙いを私に変えるという事だった。梶原選手には引き続き、スプリント賞を狙うように動いてもらう事となった。コースは87㎞とあまり長くはないが、小刻みなアップダウンの後に9㎞の上りが控えており、厳しいレイアウトになっていた。
2か所あるスプリント賞は両方とも梶原選手が1位通過。最後の上りまではチーム員総出で私の事をアシストしてくれた。上りが始まり、集団の先頭まで行く。一度だけタイのソムラート選手が前に出てきたが、それ以外はずっと先頭固定になってしまう。仕方がないので何度か揺さぶりをかけていたら、そのまま独走体制に持ち込む事ができた。上り切ってからは13kmの平坦基調な道。しかし向かい風。時速40㎞前後で走り続けてゴールを目指す。後方の情報がなかなか入ってこなかったが、ラスト5㎞くらいでようやくチームオートバイから情報をもらう事ができた。何とか勝てそう。ひたすら踏み続け、優勝。後方とは3分15秒もタイム差が開き、明日以降のレースも戦いやすくなった。

第3ステージ
今日は前半のアップダウン、後半に7㎞の上りを含む110㎞のコースレイアウト。昨日のレースでJAPANチームはリーダージャージ、ポイントジャージ、山岳ジャージ、チーム総合、全てを独占しているので、今日はJAPANチームへの必用なマークが予想された。
案の定、アタック合戦が繰り広げられたが、7人の逃げが決まり集団が落ち着く。ラストの上りの手前で日本チームが集団をコントロール。一気に前をいく集団を追い詰める。そこからは私の出番。今日も先頭固定で誰も前を引こうとしない。ペースを落とすと総合3位につけているソムラート選手が前を引いてくれた。何度も揺さぶりをかけるも、昨日の20㎞以上の独走と今日のステージの疲れからなかなかペースが上がらず5人の先頭集団でのゴールとなった。私は5着。スプリント賞2位のティサ選手が優勝したので、ポイントリーダーが梶原選手から彼女の手に渡ってしまった。

第4ステージ
今日は湖畔の周り5㎞のコースを10周回、クリテリウム形式だった。日本チームとしては、もちろん梶原選手のポイントジャージの奪還が最大の目標。集団前方に待機して出来るだけ回復させる一日でもあった。
アタック合戦があるものの全体的にキレもなく、なかなか逃げグループは形成されない。2回目のスプリントポイントを過ぎた辺りからようやく福田選手を含む逃げ集団が形成される。集団は落ち着いて、かなりマッタリと周回をかさねるもラストラップで地元チームがコントロール。ラスト2㎞を切ったあたりで逃げ集団を吸収したが、逃げ集団からさらに数人の逃げかあったようで、ゴール前のさばきが上手く出来ず、残念ながら梶原選手は5位となってしまった。

 第5ステージ
3か所の山岳ポイントを含む起伏の激しいコース、105㎞。
今日で山岳賞が決定する。ミスは許されないし、なおかつ無駄な動きをして、自分自身の足、チーム員の足を使わせたくない。しっかりと考えて走ろうと決意して挑んだ。
序盤は私と1ポイント差で2位につけている地元のチームが集団をコントロール。かなり速いペース。JAPANチームとしては楽をして上り口まで連れて行ってもらってラッキー。上り始めてすぐに山岳賞2位の選手のディレーラーが取れて走れなった。なので、リラックスして1回目の山岳賞2位通過。山の頂上付近では私と梶原選手を含む6名のグループだったが、ペースが遅いので後ろから集団が来て、だんだんと大きな集団になっていく。上り口では大集団、山頂では小さな集団、というのが何度か繰り返された。山岳賞2位だった選手は先頭集団に復帰するも、私としては彼女の動きだけを見ていればよいので、2回目の山岳ポイントは5着、3回目の山岳ポイントは3着、という感じでもがく事なく山岳賞はゲットする事ができた。レースの後半は平坦。日本チームは4人残って有利な状況。
97㎞付近で総合に関係のない選手の逃げが決まる。逃げ切れる訳がないと思って容認していたら、100㎞地点にいきなりゴールが現れてしまい、梶原選手はもがいてくれたので、集団の頭をとって2着という結果になってしまった。ここは日本ではないので、距離は正確ではない事も多いらしく、明日のレースからはゴールまでの距離も気にして走らなければならないと思った。

第6ステージ
ゆるやかなアップダウンはあるものの、基本平坦の110㎞で争われた。日に日に激しさを増すアタック合戦。JAPANチームは5名だが、地元のチームは協力体制が取れていたり、同じ国から複数チームが出走していたりして、さばく事が簡単ではない。
今日こそは、梶原選手のステージ優勝を狙ってのスタート。
しかしながら、30㎞付近で落車してしまいDNF.。ただでさえ駒数が少なく対応しきれていないのに、エースを欠いてしまい、日本チームに緊張が漂う。そこからは4人で個人総合を守る事だけに頭を切り替え、ひたすらアタックのチェックをする作業を繰り返した。体力的にもきついが精神的にもきついレースとなった。同時にチーム員の大切さ、一人欠けてしまうとどれだけ大変になるかがよく分かるレースだった。
ラスト2㎞辺りで今度は私が落車に巻き込まれてしまった。チームメイトに助けてもらって、ゴール。ラスト3㎞を切ってからのトラブルだったので集団ゴール扱いとなった。

第7ステージ
今日は後半のアップダウンを含む46㎞。距離が短いが、道幅が狭く、クネクネとしていたり、路面も凸凹としていたりで、位置取りが大変なレース。
できるだけ前で展開しようと決めてレースをスタート。今日は集団が殺気づいているように感じる。ハイペースの展開。昨日の落車の影響もあるので、今日は梶原選手はスプリント賞は狙わず、調子が良ければステージを狙う感じだった。レースも折り返しを過ぎて、アップダウンが始まる。何度かアタック合戦があり、集団がブチブチと分裂し始める。集団前方で待機してアタックに反応、梶原選手と交互にアタックに乗れるので比較的簡単。
そのまま逃げが決まるかと思ったが、地元チーム、タイチームは協調体制をとりたくないような動きを見せる。スピードが一気に上がったり、緩んだりしてなかなか集団が安定しない。そうこうしているうちに後方から集団が追いついてきていつの間にか振り出しへ。
ラスト5㎞くらいからゴールスプリントに向けての動きが始まる。かなり速い。
ラスト1㎞、4人程度の逃げが決まる。そこは樫木選手が潰しにかかる。今回の樫木選手のアシストに、チームはすごく助けられている。
ゴール前のスプリント勝負、梶原選手は惜しくも2位だったが、落車明けにも関わらず、素晴らしい走りだった。

第8ステージ
今日は全体的にフラットなコースを120㎞。日本チームの作戦としては、まずは最大6名までの逃げを決めて、そこからは日本チームの3~4人で最終局面までコントロール。総合上位の逃げは私自身で潰すという事だった。
レースが始まって30㎞くらいのところにちょっとした丘があり、そこで数人の逃げが決まる。その後パラパラとアタックがあって、総合に関係のない7人の逃げが決まった。ちょっとしてカザフスタンナショナルが集団に蓋をすると一気に3分まで差が広がったが、逃げ集団に選手を送り込んでいないタイナショナルとブリッジさせたい地元チームが攻撃を開始。見かねた団体総合1位のチームが大集団をいいペースでコントロールし始め、アタックが収まった。数で勝っている地元チームが集団をコントロールしてくれた事により、日本チームとしては願ったり叶ったりで、そのまま距離を重ねていく。
ラスト15㎞を切った辺りからアタック合戦が始まり、総合上位陣が動き始める。タイのエースを中心にマークを外さないように対応し、ラスト3㎞。向かい風がきつくなる。
スプリント勝負になる事を悟る。
7人の逃げが決まっていたので8位をかけてスプリンター同士が争う事になったが、日本の梶原選手は2着通過で9位となった。

第9ステージ
BIWASE CUP大会9日目。今日が笑っても泣いても最終日。日に日に増していく緊張感と疲労。でも今日が今回の中で一番良い走りになるように集中しようと思って出走した。
今日の作戦は、昨日と同様に総合に関係のない少人数の逃げを作り、集団をコントロールする事。逃げをそのまま行かせても良いし、ゴール前で捕まったら梶原選手で勝負する事。の2点だった。
スタートしてからアタック合戦開始。20㎞辺りで気が付いたら集団が分裂いくつもムン烈していて焦った。これはまずいと思って、誰も後ろにつかせないように思いっきりペースをあげて、何とか逃げグループまで追いつく。逃げ集団の半分は逃げたいチーム、半分は後ろを待つチームといった感じだったので、10㎞くらいは逃げたがそのうち捕まってしまった。
最後のチャンスをかけて、総合上位4位辺りの選手までがアタックをしても絶対に潰されてしまうので、通常なら1時間くらいで逃げが決まるのに、総合上位陣の譲らない動きでなかなか逃げがきまらない。そんな中、個人総合5位の選手、6位の福田選手を含む13人の逃げが決まる。集団との差は確実に開いていく。利害関係が一致する日本と地元のチームが集団をコントロール。
ラスト20㎞辺りで監督から逃げ集団とのタイム差を2分~3分にするように言われ、樫木選手と下山選手がオーダー通りのタイム差を守りコントロールし続け、結局集団とのタイム差2分15秒で逃げグループがゴールした。
福田選手はステージ2位を獲得。その結果、個人総合も3位まで上がり、JAPANチームとしては最高の形でレースを終える事が出来た。
今回の遠征は、個人的にはリーダージャージのプレッシャーを背負いながらも、若い選手達が、そのプレッシャーを解き放ってくれるかのように協力して守ってくれました。また、レース中、常に的確な指示があったので、大体は日本チームが思ったような展開に持ち込む事ができました。シーズン最初にこのようにたくさんの事を学ぶ場を与えて頂いた事に深く御礼申し上げます。

 

 

ホーム チームへの思い プロフィール スケジュール